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クリスは、流火がやってくる数か月前から夫婦で保護区に移り住み、働き始めた。妻のジュリーはオフィスで経理や秘書事務を担当している。彼は3年前にも同じ保護区のスタッフ採用に応募していたが、高年齢に加えて、過去に狩猟産業で働いていた経歴が問題視され、その時は不採用だった。

 

父親はイギリス人で、彼はケニアに生まれた。今は五十代半ばで、二十代の息子と娘がケープタウンにいる。十代の時にケニアで2年間の軍役、その後の年数も合わせると6年間、兵士として戦地で闘った経験がある。足を銃で撃たれた時の痛み、過酷な戦時中にいかにブッシュのなかを生き抜いたかも流火に話してくれた。

 

ローデシア(現ジンバブエ)の国立公園で自然監理員として働いていた二十代の時に政権交代が起き、彼は白人という理由で解雇された。それまでの少数白人支配体制が覆えされ、黒人多数支配によるジンバブエとしての独立に向かう過渡期だった。これは彼にとっては白人に対する人種差別だった。当時、その国立公園で同じ任務に就いていた七十六人の白人のうち、解雇を免れたのはたった四人だったという。

 

そして彼は変化する政治情勢のなかで無実の罪を着せられて刑務所に入り、そこで苦しい飢えも経験した。クリスの話がその時の「飢え」について及んだとき、彼の声が僅かに押し殺されたのを流火は感じ取った。

 

出所後の彼にとって、生きていく術はアメリカドルを稼ぐことだった。その時、その必要から狩猟産業に身を投じることとなる。前職での人種差別的な解雇の結果として、国立公園の自然管理という動物たちを守る務めから、動物を殺す務めに転じるほかなかったという皮肉。

 

南アフリカには「トロフィーハンティング」と呼ばれる巨大観光産業がある。客は娯楽やスポーツとして動物を狩猟し、射止めた後に毛皮や剥製を戦利品として記念に持ち帰る。主にアメリカやドイツからやってくる観光客に需要が高く、動物に対する残酷さや倫理観の欠如から、世界的に非難の声が高まっている。クリスは、実はそこで狩猟ガイドを務めていたキャリアも長いのだという。世界中からやってくる客に、野生動物に関する知識と射撃の方法を教えていた。

 

動物保護のための高い理想を追求する団体にとって、トロフィーハンティングなど明らかに最も対極にあるものだ。しかし年月を経て、恐らくは、一時的な人手不足と、彼のもつ豊富な経験とスキルが必要とされて、団体にとってはやむを得ず彼を雇用することになった。

 

クリスは、かつて政局が急変し、自分が「白人」だという理由で職を追われたことについて、今でも怒りがあるという。それがなければずっと、ジンバブエの国立公園で自然管理の仕事をしていられただろう。

 

流火は「動物を殺める人たち」の背後にあるものに、以前から興味を惹きつけられていた。なぜ彼らは動物を殺すのだろう。いつものライオン・チェックに向かう車のなかで、そのようなクリスの告白を聞いたとき、流火は探していたものへの手がかりを一つ見つけたような気がした。

 

 

2018/6/6 updated