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日時 2018年9月13日午前10時半頃~ (約30分) 

場所 福島県富岡町の公園

 

昨年3月に避難指示解除されたばかりの富岡町。現地視察に同行するなかで、気になる植物との出会いがあった。真っ黒の海藻をかぶったお化けのような草。語りかけてくるような引力があった(後に聞いた話によれば、除草剤で意図的に枯らされた雑草だという)。

 

放射能は目にみえないし、体で感じることができない。だから普段は「身体」を道具にしているはずの国内外のパフォーマンスアーティストたちも、各自で持参した測定器を手に時には心を揺り動かされ、それが示す数値ばかりを判断材料にせざるを得ない状況があった。

 

私は富岡町でパフォーマンスをするに当たり、自分の体をもう一度信頼して何かを行いたかった。語りかけてくるような前述の植物に対して、そのように感じている私の体を敏感な測定器と仮定し、その繊細な反応にしたがって動くことに決めた。

 

私は黒い植物に似るため、頭から足のつま先まで黒い衣服で体を覆った。

 

今回のフェスのタイトルであり、参加アーティストにとっての共通のコンセプトだったのは「Responding (=応答)」。富岡町に行く前から、参加アーティストとの間で「一体誰に対しての応答なのか?」という問いが浮上していた。

 

「応答」の前に「傾聴」がある。

 

富岡町の公園の地面に足を置いた時、そう感じた。

そこにいる、必ずしも言葉では語らない存在に耳を傾けること、感じ取ることに私は尽くしてみることにした。パフォーマンス中はその一点に集中するため、周囲の人やその他の状況にはできるだけ意識を向けず、あえて植物にだけアンテナを向けたセンサーのような気持ちで動いた。

 

ねじれた植物の形態に呼応して自分の体もねじれると、ねじれた動作がやがて黒い服を脱ぎ、脱いだ服で自分の首を絞めるという動作に変容していった。首が締めつけられると苦しさに自然と涙がこぼれる。息苦しさがもたらす自然現象としての涙だった。

 

福島県富岡町にある特殊な状況において、いまパフォーマンスをするということ。

自分は一体どんな立ち位置で、何者としての自覚でそこに立つのか、改めて自分に問わざるを得なかった。

 

 

東京の人間、部外者としての加害性。日本人としての当時者性、または自らも放射能から身を守る必要のある、弱き人間としての被害性。汚染された自然は巡り巡って自分の体の一部になるだろうという、自然の循環の内に生きるものとしての被害性。

 

一筋縄でいかない問いと自分の立ち位置の循環ということを感じながら、答えの見つからないままにパフォーマンスを行った。

 

結果的に「自分で自分の首を絞めている」という動作が自然の動きの流れの中に生まれたことは、私なりに見つけたひとつの「応答」として象徴的なアクションだった気がする。